2016年05月20日

個人は質素に、社会は豊かに

 世界で最も貧しい大統領と呼ばれた元ウルグアイの大統領は、貧しいのではない質素なだけだと言っていた。 貧しいと質素とは意味が全然違うが、マスコミが勝手に貧しいとの呼称をつけ世間の注目を浴びるようして、自分たちの記事のネタにしやすいように作り上げただけだ。

土光敏夫さんのお母さんは土光さんが子供のころ、よく個人は質素に社会は豊かにと教えたそうで、その言葉を家訓にして土光さんは実践された。 元ウルグアイの大統領の生き方は、以前の日本人では普通の事である。 舛添東京都知事のように人の金で王侯貴族のような旅行をし、人の金で自分の資産を増やすような個人は豊かに社会は貧しくても構わない、こんな日本人を最近多く見られるようになった。 最も、他の国ではこんな指導者がごろごろいるが、質実貢献で日本人が築き上げた戦後の豊かな社会をこんな輩が食い物にして、偉大な先人が作り上げた社会的に平等だった日本を、個人は豊かに社会は貧しい国に造り変えようとしている。

試験オタクが難関の東大に入り頭が良いとのレッテルを貼られ、その後の人生を悠々とそのレッテルだけで生き抜けたのはすでに過去の事、今はそんなレッテルだけで世間を渡っていけない。 ほんまもんかどうか、中身を吟味される時代になっている。 レッテルに騙されてはいけない、国民ももっと中身を見抜く目を持たなければならない。

頭が良くても心が悪い人間、頭は普通だが心の良い人間、前者は社会の害になりやすいが、後者は社会を住みやすくしてくれる。 最悪なのは、頭が悪いが悪知恵だけは働き心も悪い人間だが、そんな人間がオリンピックを取り仕切っている現状では、東京オリッピックの成功は難しくこれからも問題が出てくるに違いない。
レッテルに騙されず、本当に日本のために働いてくれる政治家を選挙で選ばないと、いづれこの国は滅びてしまうだろう。

シニアに最適な旅を、旅の仲間と手づくりする‶リゾート悠遊倶楽部”は旅の仲間を募集しています。
URL: http://www.resortyuyuclub.com
posted by 旅のマイスター at 19:37| Comment(0) | 日記

2016年05月18日

スリランカで怖い体験

 スリランカ最大のお祭りキャンディ・ベラヘラ祭りを見たのは30年以上も前になるが、祭りの幻想的な壮麗さと、その後の恐怖の体験は今も忘れることはできない。 スリランカ人の友人の家が仏歯寺から歩いてすぐの所にあり、ちょうどそこに滞在していた時にペラヘラ祭りを見ることができた。 一晩中祭りを見ることになるので、家の人に簡単な弁当を作ってもらい、周りで見学している人にもおすそ分けして、寒いので肩を寄せ合わせながら祭りの行列を夜が明けるまで見物した。

スリランカの山の中の町で、こんなに壮麗で幻想的な祭りが催されていることに驚かされた。 空気を震わす太鼓の音を体で感じ、松明の光のなかで踊るダンサーの妖艶な姿に心を奪われ、電飾に飾られた像の行列はいつ途切れるか分からないほど永遠と続き、タイムスリップをして過去の世界に迷い込んだような不思議な感じになった。 祭りのハイライトは仏歯を納めた舎利容器を背中に載せたゾウが通った時で、そのゾウの装飾は他のゾウより壮麗で、ゾウの体も他のゾウより大きく威厳ある威風堂々とした歩き方をしていた。 キャンディ・ペラヘラ祭りは、スリランカが世界に誇れる祭りであることに間違いない。

夜明け近くに祭りの行列が終わり、周りで見学をしていた数万の人々が家路につくため一斉に道路へ出てきた。 自分もその人の流れの中にいて少しづつ動いていたが、交差点で四方から人が押し寄せるので動きは止まり、四方から押し寄せる人の圧力で体は浮き上がり足は地面につかなくなった。 押し寄せる人の圧力はますます強まり、一瞬圧死の恐怖にとらわれたが、しかし圧力はそれ以上強まらず徐々に弱まっていった。 圧死の恐怖体験も、ペラヘラ祭りの壮大さとともに忘れられない思い出として記憶に残っている。

シニアに最適な旅を、旅の仲間と手づくりする‶リゾート悠遊倶楽部”は旅の仲間を募集しています。
URL: http://www.resortyuyuclub.com




perahera.jpg


posted by 旅のマイスター at 18:49| Comment(0) | 日記

2016年05月14日

日本衰退の原因は日本人の劣化

最近、シャープや三菱自動車工業といった日本を代表する企業が外資系企業の傘下に入った、これ自体はグローバル化している世界経済では珍しくないことで、逆のケースも多くある。 ただ、その経緯が問題で経営者の能力不足や不正といった、今までの大企業経営者では見られない能力や質の劣化が原因だということ。

このような日本人の劣化はすべての職種、年代で見られる、警察官、政治家、経営者、若者、年寄等々、日本人全体が劣化しているのである。 その原因の大きな要因は、日本の国が教育関係に使うお金がOECD諸国の中で極めて低いことで分かるように、人を育てることに熱心でなくお金も使ってこなかったことが考えられる。
 
経営の神様と言われた松下幸之助さんは、人から何を作っている会社ですかと尋ねられた時、物を作る前に人を作っている会社ですと答えていたが、会社にとって人材教育の重要さを知っていたからだ。 武田信玄も、人は石垣、人は城と言っているように、国を守るのはまず第一に人の力であることを認識している。

いつ外国の植民地になってもおかしくない明治維新前、日本にやってきた西洋列強と渡り合い、植民地になるどころか強国の仲間入りができたのは、寺小屋などの教育システムがあったので日本人が状況を的確に理解できる知識と理解力があったから。 今の日本で一番劣化目立つのは、道徳観の劣化である。 これの再生には、日本の社会の規範として機能していた武士道精神の復活が必要である、もちろん今の時代に合うように修正を加える部分あるが。 平気でうそをつき、ばれても恥と感じない厚顔な政治家多すぎるが、これは選ぶ側の劣化の反映であることを忘れてはならない。

posted by 旅のマイスター at 20:08| Comment(0) | 日記

2016年05月10日

ヒトラー終焉の地を訪ねる

 ヒトラーが最期の日々を過ごした、ベルリンにある総統地下壕跡地を訪ねた。 終焉を迎えるまでの12日間を描写した映画ヒトラー最期の12日間”を見ていたので、ベルリンに行ったら訪ねたいと思っていた。 あまりにも強固に造られていたので、戦後東ドイツ政府が撤去しようとしたが完全に撤去できなかったので、今はその跡地は駐車場になっている。
 
 場所もネオナチの聖地になることを恐れて公にはせず、2006年6月8日に案内板が設置されたとのこと、その案内板も気づかずに通り過ぎてしまいそうな簡単なものである。 ブランデルブルク門からも歩いて行ける所にあるが、皮肉にも途中に異様な形をしたホロコースト記念碑がある。 ベルリンの中心地にあるホロコースト記念碑、その目と鼻の先がヒトラー終焉の地とは、誰かが意図したアイロニーとしか思えない。

 メルケルさんがいる連邦議会議事堂もすぐ近く、ホロコースト記念碑を毎日のように目にしているドイツ連邦首相からしたら、日本の戦後処理を不十分に思っているのかもしれない。 その上、メルケルさんは東ドイツ出身、反ファシズム教育を受けて育っているに違いない。 ナチスと同盟を結んでいたからか、メルケル首相は日本に対してあまり親近感を持っていないように見える。 今月日本で開催される首脳会議に出席するため来日するメルケル首相を、日本のおもてなし外交で日本びいきにすることはできないだろうか。 おばちゃんの愛称を持つメルケル首相には、大阪のおばちゃんがおもてなしをするのが一番いいと思う。

シニアに最適な旅を、旅の仲間と手づくりする‶リゾート悠遊倶楽部”は旅の仲間を募集しています。
URL: http://www.resortyuyuclub.com




Hitler1.JPG


hitler2.JPG





posted by 旅のマイスター at 17:50| Comment(0) | ヨーロッパの旅・ドイツ

2016年05月09日

スペインのはしご酒

アルハンブラ宮殿を見るためグラナダへ行こうと思ってセビリアの駅へ行くと、グラナダ行は午後にしかなかったので、急遽セビリアから近いコルドバに行くことにした。 ヨーロッパのほとんどの国で利用できる2か月間有効のシュトュデント・レイスパス(二等車)を持っていたので、切符を買う手間も要らず気の向くままに列車に列車に飛び乗る旅をしていた。 宿代を浮かす為に、夜行列車に乗ることも多かったが1976年のことであう。

事前に何も調べていないので、コルトバがどんな町なのか知識はゼロであったが、とりあえず旧市街へ行けば街歩きだけでも楽しめる。 スペインの街は通りは狭く白壁だけの感じがするが、通りから家の中を覗くと中庭に花が咲き誇りとても美しい、恐らく外敵からの防衛のため通りは狭く迷路のようになっているのであろう。

歩くのに疲れたので大きな建物の前で休んでいると、通りかかったスペイン人の青年が当時は日本人が珍しかったので、声をかけてきた。 今昼休みなので、ワインをおごってやるから一緒に飲みに行こうと誘われた、スペインの昼休みは長い。 一杯だけおごってくれるのかと思ったら、一軒のワイン酒場では本当に一杯だけで、すぐに次の店に移動してまた一杯だけ飲む、これがスペイン流のはしご酒なのだろうか、それともいろんなワインの味を日本人旅行者に体験させようと思ったからかもしれない。

彼の仕事の始まる時間が近づいてきたので、心配して尋ねると、仕事は明日にすると言って家に帰って行った。 スペイン人の男は気前がいい、その後駅へ行く途中にあった酒場の前を通った時も、中にいた客が表に出て来て日本の昭和天皇の名前を叫びながら、ワインをおごってやるから一緒に飲もうと誘われた。 独裁政権のフランコが亡くなって間もない時期だったので、デモクラシアとみんなが何度も言って乾杯をしていた。
スペインは食べ物も美味しいしワインも安く、人も黒髪の人が多く親しみやすく居心地の良い国であった。

因みに、コルドバの旧市街の大きな建物はメスキータモスク(日本に帰国してから知った)で、今は世界遺産になっており多くの観光客が訪ねる観光スポットである。 真ん前にいたのに、あの特徴ある柱を見逃したことは後悔しているが、コルトバに行く楽しみを神様が残してくれたのかもしれない。 コルトバのもう人るの観光スポットであるローマ橋は、ただの古い橋と当時はおもっていたので感動はなかったが、橋の上から旧市街の写真を写すためいった。

シニアに最適な旅を、旅の仲間と手づくりする‶リゾート悠遊倶楽部”は旅の仲間を募集しています。
URL: http://www.resortyuyuclub.com

posted by 旅のマイスター at 18:56| Comment(0) | 日記